狂い咲きの桜が既に散り始めた校庭で、卒業証書の筒を持った卒業生が記念撮影をしている。
高校2年生の恵梨は、演劇部の部室で泣きじゃくっていた。
「ふぇん、、、ぐすんっ、、、もう最低、、、」
恵梨の所属する演劇部の部室は、衣装や小道具、大道具が雑多に積み上げられ、物置小屋のようになっている。
生徒数が減り教室が余っているこの学校では、演劇部が最上階の使われなくなった空教室を独占して使っていた。演劇部は『奇声を発してうるさい』という理由で、隔離されているのだ。
「ふぇーん、、もうなんでよっ 、最悪なんだけど、、ぐすんっ、、、」
今日、卒業した先輩と付き合っていた恵梨は、卒業と同時にフラれてしまった。
部室の床に敷かれた体操用マットの上で、皆に背を向けて体育座りをしている恵梨。膝に顔を埋めながら、かれこれ1時間は泣き続けている。
「もぉう、、いつまでも泣いてんなよ、恵梨、、、、」
新部長に任命されたばかりの藤原が恵梨をなだめる。
「だってぇぇ、、、、突然、別れるとかさぁ、、、ぐすん、、、意味わかんないんだけどぉ」
恵梨の泣きじゃくる姿を見ている男子部員の5人は、複雑な心境だった。恵梨に密かに好意を寄せている5人の男達は、恵梨が別れたと聞いた時に心の中でガッツポーズをしたのだ。
「そんな、、泣くなよ、、、俺たちの前では、先輩の文句ばっか言ってたじゃんかぁ、、、別れて正解だと思いぜ、、、俺は、、、なぁ、お前らもそう思うだろ、、なぁ?」
先輩と秘密で付き合っていた頃の恵梨に告ったことのある小栗が、その場を和ませようと頑張るが、綾野と山田は冷静に『お前が言うな』という表情をしている。
「うるさいっ、、、こっちがフルのと、フラれるのじゃ、、まったく違うのぉぉ、、、、、ふぇぇぇん、、、、、もう、バカ、バカ、バカ、バカァァァァ」
恵梨は体操用のマットの上で、ゴロゴロと転がりながら駄々をこねる。
制服のスカートからチラチラ見える色白でスラッとした生足を、男達は見ないように顔を背けるが、目だけはどうしても追ってしまう。
「さぁ、もう6人しかいないんだから、、、さっさと春休みの予定だけ決めちゃおうぜ、、今年結果を出さなかったら、俺たちの代でこの演劇部も終わりだぞ」
卒業生が10人抜けて6人しか部員が残っていない演劇部は、廃部の危機に陥っていた。男子部員は新3年生が新部長の藤原以外に小栗、綾野、山田と、新2年生の菅田だけで、女子部員は恵梨たったひとりだった。
恵梨以外の女子部員はというと、恵梨以外に最初は女子が7人いたが全員退部してしまった。はっきりとした退部理由は明らかにされていないが、なんとなく噂されている理由は、恵梨があまりにも男子からチヤホヤされているので、面白く無くて辞めていったと噂されている。
恵梨の美貌と男ウケの良い体型、そしてそれを気にかけない明るい性格に、異性からは人気があるが、逆に同性からは妬まれる傾向にある。
そして、結果的に女子の友達が少なくなり、演劇部の男子とだけ仲良くなってしまう。
さらにその演劇部の男子たちも、女子生徒から『雰囲気イケメン集団』と揶揄されているが、それは人気の裏返しで、恵梨に対する嫉妬からそうバカにされているだけだった。
「さぁさぁ、俺ら春休みに公演も打てないんだからさぁ、、、その期間にちゃんと基礎だけでもやって、来年に繋げようぜ」
新部長の藤原が、さっそくリーダーシップを取って進行する。
「まず、観に行く公演はこのふたつで決定ね、、、、、、で、明日から3日間、基礎体力を付ける合宿をしたいと、、」
「決めたっ!」
藤原の言葉を割って、恵梨が大声で叫びながら立ち上がった。
「私、いい女になるっ!、、決めたわ、、、私、戸田恵梨は、いい女になって、国民的女優になりますっ!」
呆気にとられ顔を見合わせる男たちと、苦虫を潰す藤原部長。恵梨は、周りの男子をお構いなしにスタスタと姿鏡の前に歩いていく。
「なにが『卒業したら俳優を真剣に目指すからもう付き合えない』よ、あんたなんか俳優になんかなれる訳ないでしょ!、、こんな可愛い娘をフルなんて、、、スタイルだって結構いいんだから」
腰に手の甲を置いて、自分の体形を鏡に映しながら、クルクル左右に回る。
「恵梨、、、いい女になるのよ、、、いつまでも泣いてちゃだめだっ」
涙を拭って、鏡に映る自分に話しかける。
その所作やセリフは、なぜか舞台上のそれになってしまう。これが演劇部員の習性というものか。
「わたしって、、、結構イケてると思うんだけど、、、なんかなぁ、、、このエラがなぁ、、」
少し顎の肉付きがいい恵梨が、自分のウィークポイントを気にしていると、藤原部長が業を煮やして恵梨に近付いて行く。
そこに綾野が立ちはだかり、藤原の肩をポンと叩くと、目を伏せて顔を左右に振る。
「部長、とりあえず、ここは恵梨の方を片づけてから、先の話しをした方が利口だぜ」
恵梨の熱演に、部員全員が演劇モードになってゆく。
「お嬢さん、、エラの張りにお困りかな?」
恵梨の背後に立った綾野が、恵梨の両肩にそっと手を添えて鏡越しに話しかける。
「えぇ、、、わ、私、ここの筋肉が無くなると、、もっと美しくなれると思うの」
恵梨は自分のエラを触りながら、目を斜め下に伏せる。
「では、いい事を教えてあげましょう、、、顎の筋肉は、寝ている間に『歯ぎしり』をすることで、発達してしまうと言われているよ、、、なぁ、ヤマーダ」
綾野が山田を指差すと、山田がクルクルとバレーダンサーのように回りながら寄ってきた。
「そうだよ、エリーナ、、、僕のパパが歯医者なのは知ってるね、、その『歯ぎしり』を退治すれば、、君の呪われたエラの筋肉は細くなって、君の美しさは、世界一になるだろうっ!、、ハーッハッハッハッ!」
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ
「はい、はい、はい、、、、寸劇そこまでぇ」
藤原部長が、演劇モードを強制終了させた。
